カジシンこと梶尾真治がSFマガジンに10年間連載していた連作未来史もの「怨讐星域」が、文庫3巻同時発売(かつKindle版も早々に発売)。
滅亡寸前の地球から世代間宇宙船で飛び立った2万人 vs 転送装置で身体一つで「ジャンプ」した残りの数十億人の数百年ぶんの歴史、ということで、結構なボリュームなんだけど、週末で一気読みしちゃったよ!
というわけで、ネタバレ防止フィールド展開。
始めに言っておくと、ヲレは好きよ。カジシン作品好きだもの。
ただ、やはり良くも悪くもカジシンの小説。SF考証的には穴が多いし、登場人物は基本善良な市民ばかりなので、ともすると鼻白んでしまう向きもおありかもしれない。
過酷な試練の中、せいいっぱい誠実に生きる普通の人たちにひとりひとりスポットを当てて、人間や社会が本当は持っているはず普遍的な「善き心 」を描きたかったのだろうか。ここはひとつ、スレた読み方はせずに、まっすぐな少年/少女の心で読むと良い。
パニックあり、サバイバルあり、コメディあり、いろんなシチュエーション・視点で描ける連作の強みを活かして、飽きずに最後まで読むことができるよ。
後書きにも書かれているように、連載中にあった現実の出来事が、かなりストレートに作品にも反映しているのも読みどころ。3.11のこと、その後の事故原因の調査、高齢者問題、そして不安とともに憎悪を扇動者によって煮詰めていく社会。
斯様に現代的なテーマを反映できる作品なのに、非常に惜しいと思われるのが、登場人物へのスポットの当て方を限定してしまったがゆえに、「枝分かれしてそれぞれに変容する文化」というおいしい領域がすっぽり抜け落ちてしまったこと。
植民星、世代間宇宙船というストレスフルな特殊環境下で、ベクトルの異なる人口政策によって生ずる文化の枝分かれって、そこは結構現代的なテーマになりえたような気がする。少子化とか、ジェンダーとか。それは読んでみたかった。
まあ、そもそも自由恋愛はありえないはず、という前提に立つならば、N-ホーンとその背後にいる高度な人工知能がやってる相性ぴったり相手の紹介ってのは、何もかも計算され尽くした「優しい人口管理計画」をやっている、という解釈もできなくはないので、それはそれである種の文明批判なのかも。
つーか、各短編の主人公が善良な少年または職業人のおっさんで、綺麗な女の子に出会って舞い上がっちゃって頑張る、とか、読者のおっさんを甘やかすのもたいがいにしてください!!w
後半、ポピュリストによる憎悪の煽動の経緯は、当初からの「集団の結束のための外敵の設定」を突き詰めた、メインのテーマだったように思える。煽動者が力をつけていく過程こそ簡単な描写で済まされているものの、その後の露骨に太平洋戦争時の日本を思わせる社会の描写はなかなかに嫌な雰囲気で力が入っている。読むのがどんどん辛くなっていく。
最終章に向けて緊張が高まっていき、遂にそれがピークを迎えて血なまぐさい惨劇が展開される! …と、誰もが思ったところで、びっくりするようなことが起きて、ぎりぎりのところで憎悪を人間の善良さが乗り越える。いや、すばらしい! 人間万歳! …って素直に喜ぶには、ちょっと説得力は足りないかなあ。
カジシンも、この先を書くのが耐えられなかったのではないかとも思う。そこがカジシンの優しさであり、限界なのか。いや、今の世の中の空気を感じ取って、あえてこういう結末を書いた、と解釈すべき、かも。
ただ、「サラマンダー殲滅」を書いた頃だったら、そこを突き抜けて「物語」をまっとうしたんじゃないかとも思う。
伏線となり得るエピソードはずいぶん残されているので、この後もピースを埋めていってもらえると嬉しいです。きっとあり得たであろう、2つの「指輪」の邂逅なんか、読んでみたいなあ。
もドゾー。