著作権が作者の死後何十年(今後下手をすると百年以上)経っても遺族に管理されて自由に使えない現状を肯定する輩がいるようだが、なんともあさましい話だ。
芸術は模倣から始まるもんだ。ごく一部の天才は無から新しいものを生み出せるかもしれんが、平均的レベルの芸術家は模倣から始めて、そのうち彼らなりの良いものを作れるようになるんだろう。それは悪いことではないし、そういうレベルの芸術家だって人々に必要とされている。
そもそも著作権ってのは、そういう人たちのために、じゃあそういう努力や投資の結果である作品を、あなたが生きてる間とちょっとは、他人にパクられたりしない権利を認めてあげましょう、その間は、その作品から利益を得て、ご飯食べればいいんじゃないの、っていうものじゃないのか?
そういう役割を終えた作品は、またパブリックドメインという大地に還って「肥やし」になればいい。それを模倣して、また新しい芸術家が新しい作品を作っていくんだろう。それこそが、正しい創造のサイクルなんじゃないか。
今、文学では「青空文庫」ってあるだろ。著作権切れの小説を、ボランティアがテキストファイル化して、誰でも自由にダウンロードして読んだり、勉強したりできるようにしているやつ。作者の死後50年経った小説で、古くさいのは確かだが、中には面白いものもある。当時はしょうもない流行小説でしかなかったものでも、その頃の時代の空気が感じられたりして、興味深かったりもする。こういうのは、りっぱに「肥やし」になっていると思うよ。
どこかのレコード会社が言うような「創造のサイクル」って、化学農法や促成栽培みたいなものじゃないか? そんなことやってたら、大地は痩せる一方だよ…。
※過激な言い回しがあったので一部修正。
アメリカのラジオ業界がそんな大変なことになってるとは、恥ずかしながら全然知らなかった。あの国も、消費者の力がそれなりに強い一方で、業界と権力の癒着も半端じゃないな。
なんとなく、こう、「あー日本政府大嫌い。いざとなったら国外に逃げるか。やっぱアメリカかなあ」とか漠然と考えてしまうことがあるけど、アメリカも酷いんだよな。
北欧あたりで穏やかに暮らせないものかのう。
ウェイン町山ラヴ(w
# 書き忘れた
もドゾー。